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静岡地方裁判所 昭和61年(ワ)282号 判決

原告

富澤さと

ほか八名

被告

鈴木弘子

ほか二名

主文

一  被告鈴木弘子は、原告富澤さとに対し金四八万八九一九円、その余の原告らに対し金六万一一一四円、被告鈴木信子及び同鈴木康彦は、原告富澤さとに対し各金二四万四四五九円、その余の原告らに対し各金三万〇五五七円及び右各金員に対する昭和五九年三月二七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立て

一  原告ら

1  被告鈴木弘子は、原告富澤さとに対し金五六〇万三四四六円、その余の原告らに対し各金七〇万〇四三〇円、被告鈴木信子及び同鈴木康彦は、原告富澤さとに対し各金二八〇万一七二三円、その余の原告らに対し各金三五万〇二一五円及び右各金員に対する昭和五九年三月二七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

訴外亡富澤薫(以下「亡薫」という。)は、左記交通事故(以下「本件事故」という。)により、頭部外傷・頭蓋骨々折による脳挫傷・硬膜下血腫・外傷性脳内出血の傷害を負い、昭和五九年四月二日、焼津市立総合病院において、右傷害による心筋梗塞により死亡した。

(一) 日時 昭和五九年三月二七日午前六時三五分ころ

(二) 場所 静岡県焼津市石津一一三七番地の一先路上

(三) 事故の態様 訴外亡鈴木秀夫(以下「亡秀夫」という。)は、普通乗用自動車(以下「加害車両」という。)を運転して、小川新町方面から大井川町方面に向かい直進し、右事故現場である交通整理の行われていない変形十字路交差点に差し掛かつた際、右方道路遠方から進行してくる自動車を認め、これに気をとられながら右交差点に進入し、右方道路から進行してきた亡薫運転の足踏自転車に全く気付かず、右自転車に加害車両右前部を衝突させて亡薫を加害車両のボンネツト上に跳ね上げ、その頭部をフロントガラスに打ちつけた後、路上に転落させた。

(亡薫の負つた傷害と死亡との因果関係について)

本件事故による亡薫の脳の損傷の程度は、右事故態様からも明らかなように極めて重いものであつた。また、亡薫は、本件事故前長年にわたり新聞配達という重労働に従事し、すこぶる健康で頑健な身体をしており、心臓にも何ら異常はなく、同人に高血圧症、心肥大等があつた事実はない。したがつて、亡薫が本件事故により負つた傷害と同人の心筋梗塞による死亡との間に、相当因果関係があることは明らかである。

2  責任原因

亡秀夫は、加害車両の所有者であつて、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法三条本文の規定により、亡薫の死亡によつて生じた損害を賠償すべき責任を負う。

3  相続関係

(一) 原告富澤さとは亡薫の妻、その余の原告らは亡薫の子であり、亡薫には他に相続人はなく、法定相続分に従い、原告富澤さとが二分の一の割合で、その余の原告らが各一六分の一の割合で亡薫の権利を相続することになる。

(二) 亡秀夫は本件事故後である昭和六〇年三月二一日死亡した。被告鈴木弘子は亡秀夫の妻、その余の被告らは亡秀夫の子であり、亡秀夫には他に相続人はなく、法定相続分に従い、被告鈴木弘子が二分の一の割合で、その余の被告らが各四分の一の割合で亡秀夫の義務を承継することになる。

4  損害

(一) 亡薫の逸失利益 金九六七万一一八七円

亡薫は、本件事故当時満七一歳の健康な男子であり、本件事故にあわなければ、平均余命年数一三・九〇年の二分の一弱である六年間なお就労することが可能であつたから、年齢別平均給与額表による月収額金二二万四三〇〇円を基礎とし、右金額から生活費として三割を控除し、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して、亡秀夫の逸失利益の死亡時における現価を計算すると、次の計算式のとおり金九六七万一一八七円(円未満切捨て)となる。

金二二万四三〇〇円×一二月×(一-〇・三)×五・一三三≒金九六七万一一八七円

(二) 葬儀費用 金九〇万円

(三) 慰謝料 二〇〇〇万円

亡薫は、死亡当時満七一歳であつたが、持病もなく、極めて健康な状態にあつた。亡薫が本件事故の日より六日目に苦しみながら死亡したこと等の諸般の事情を考慮すると、亡秀夫の死亡による慰謝料は金二〇〇〇万円が相当である。

(四) 損害の填補 金九一五万七四〇〇円

原告らは、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険より、金九一五万七四〇〇円の支払を受けた。

(五) 弁護士費用 金一〇〇万円

(六) 以上によれば、本件事故による残損害額は、右(一)ないし(三)、(五)の合計金三一五七万一一八七円から右(四)の金九一五万七四〇〇円を控除した金二二四一万三七八七円となる。

5  よつて、原告ら及び被告らの前記各法定相続分に従い、原告富澤さとは被告鈴木弘子に対し金五六〇万三四四六円、被告鈴木信子及び同鈴木康彦に対し各金二八〇万一七二三円、その余の原告らは被告鈴木弘子に対し各金七〇万〇四三〇円、被告鈴木信子及び同鈴木康彦に対し各金三五万〇二一五円(以上いずれも円未満切捨て)及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五九年三月二七日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1(一)  請求原因1のうち、原告主張の日時、場所において、亡秀夫運転の加害車両と亡薫運転の足踏自転車とが衝突する本件事故が発生したこと、亡薫が本件事故により脳挫傷・硬膜下血腫・外傷性脳内出血の傷害を負つたこと、亡薫が昭和五九年四月二日焼津市立総合病院において心筋梗塞により死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  以下の諸事情に照らし、亡薫が本件事故により傷害を負つたことと同人が心筋梗塞により死亡したこととの間に、相当因果関係は認められない。

(1) 亡薫は、本件事故後直ちに救急車で焼津市立総合病院に搬送されて入院し、諸検査を受けたが、脳の損傷の程度は比較的軽微であると判断され、投薬等による保存的経過観察の治療処置がとられ、特段の症状悪化もなく、全体的に軽快傾向にあり、突然心筋梗塞を発症して死亡する数時間前までは極めて順調な回復経過を示していた。

(2) 亡薫が本件事故により負つた前記傷害は、心筋梗塞発症の直接の要因とはならない。

(3) 亡薫は、本件事故当時、心筋梗塞発症の要因となる高血圧症、心肥大等の潜在的素因を有していた。

(三)  仮に、右相当因果関係が全く否定されるとはいえないとしても、右の諸事情を考慮すれば、亡薫の心筋梗塞発症は、同人の右潜在的素因と本件事故による傷害とが競合して発生したものというべきであるから、因果関係を割合的に認定すべきであり、亡秀夫が負担すべき賠償額はその割合に相当する部分に限定されるべきである。なお、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険は、右諸事情を考慮し、更には被害者救済の立場から、二分の一の因果関係があるものとして、損害額の五〇パーセントに相当する保険金を支払つたものである。

2  同2のうち、亡秀夫が加害車両の所有者であつて、これを自己のために運行の用に供していた者であることは認めるが、その余は争う。

3  同3(一)の事実は知らない。

同3(二)の事実は認める。

4  同4の(一)ないし(三)、(五)、(六)は争う。

同4(四)の事実は認める。

第三証拠関係

記録中の証拠に関する目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)のうち、原告主張の日時、場所において、亡秀夫運転の加害車両と亡薫運転の足踏自転車とが衝突する本件事故が発生したこと、亡薫が本件事故により脳挫傷・硬膜下血腫・外傷性脳内出血の傷害を負つたこと、亡薫が昭和五九年四月二日焼津市立総合病院において心筋梗塞により死亡したことは、当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第三号証、同第五号証、同第九号証、同第一一、第一二号証及び証人西澤茂の証言によれば、本件事故の態様は原告ら主張のとおりであること、亡薫は本件事故により頭部外傷・頭蓋骨々折の傷害を受け、これにより右脳挫傷等が生じたものであることが認められる。

二  亡薫が本件事故により右のような傷害を負つたことと同人が心筋梗塞により死亡したこととの間の相当因果関係の有無について判断する。

1  前記甲第九号証、いずれも成立に争いのな甲第七、第八号証、同第一〇号証、同第一四号証の一〇(原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証)、一二、一三、同第一五号証の一ないし一一、一七、一九ないし二五、二七ないし三一、証人西澤茂の証言並びに静岡県立総合病院に対する鑑定嘱託の結果によれば、(1) 亡薫は、昭和五九年三月二七日朝の本件事故後直ちに救急車で焼津市立総病院に搬送されて入院し、諸検査を受けた結果、脳挫傷・硬膜下血腫・外傷性脳内出血が認められたこと、同病院においては、傷害の程度等に鑑み投薬等による保存的経過観察の治療処置をとることとしたこと、亡薫は、同月二九日せん妄状態に陥つたが、やがてもとの安静状態に戻り、同年四月一日には治療経過も順調で全体的に軽快傾向にあつたところ、同月二日午後四時四〇分ころ突然容態が急変し、同日午後五時四七分ころ心筋梗塞により死亡するに至つたこと、(2) 亡薫に認められた前記脳挫傷等がそれ自体で心筋梗塞を発症させる直接の要因となることはまず考えられないこと、(3) 亡薫には、本件事故当時、心筋梗塞発症の要因となる高血圧症、心肥大等の心臓の異常があつたこと、一方、(4) 右(2)の点については、受傷して入院し治療を受けたことや臥床が続いたことなどの付帯状況が心機能に影響を及ぼし、心筋梗塞発症の一因となることは十分考えられること、(5) 右(3)の点については、亡薫は、本件事故当時、妻の原告富澤さとを手伝つて新聞配達に従事しており、その心臓の異常は年齢(大正元年一二月一〇日生、満七一歳)相応の程度をそれ程超えるような重いものであつたとは思われないこと、(6) 本件事故にあわなければ、亡薫が前記時点で心筋梗塞により死亡する可能性は低かつたといえること、以上のとおり認めることができる。証人石川武文の証言及び原告富澤さと本人尋問の結果に照らし、前記甲第一五号証の二、一九の既往歴欄の記載、すなわち亡薫が一〇年前に近所の医院に高血圧のため三、四年間通院したことがあるとの記載をそのまま採用することはできないが、前掲各証拠により認められる前記入院中の血圧の数値、胸部レントゲン写真及び心電図による検査結果によれば、亡薫に心臓の異常があつたことは明らかである。原告富澤さと本人尋問の結果以上の認定に反する部分は採用することができず、証人石川武文の証言によつては右認定を左右するに足りず、そのほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右に認定したところを総合すれば、本件事故による傷害は亡薫の死亡に二分の一の限度で寄与したものと認めるのが相当であり、右の限度で前記因果関係の存在を肯認すべきである。

三  亡秀夫が加害車両の所有者であつて、これを自己のために運行の用に供していた者であることは、当事者間に争いがないから、亡秀夫は、自動車損害賠償保障法三条本文により、亡薫の死亡によつて生じた損害を賠償すべきであり、右二2に判示したところによれば、右損害のうち、弁護士費用を除く分については五割の限度でこれを賠償すべき責任を負うものというべきである。

四  原告富澤さとと本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告富澤さとが亡薫の妻、その余の原告らが亡薫の子であり、亡薫には他に相続人がないことが認められるから、法定相続分に従い、原告富澤さとが二分の一の割合で、その余の原告らが各一六分の一の割合で亡薫の権利を相続することになる。

また、亡秀夫が本件事故後である昭和六〇年三月二一日死亡し、被告鈴木弘子が亡秀夫の妻、その余の被告らが亡秀夫の子であり、亡秀夫には他に相続人がないことは、当事者間に争いがないから、法定相続分に従い、被告鈴木弘子が二分の一の割合で、その余の被告らが各四分の一の割合で亡秀夫の義務を承継することになる。

五  そこで、請求原因4の損害について判断する。

1  亡薫の逸失利益

前記認定のとおり、亡薫は、本件事故当時満七一歳であり、心臓に若干の異常があつたものの、妻の原告富澤さとを手伝つて新聞配達に従事していたものであり、前記甲第一〇号証及び原告富澤さと本人尋問の結果によれば、亡薫は、もと建具屋、農業等をしていたが、本件事故当時は右新聞配達のみに従事していたこと、新聞店からの給与は原告富澤さとの名で支給され、本件事故当時一か月約金一九万円であつたことが認められ、右事実によれば、亡薫は、本件事故にあわなければ、原告ら主張のとおりなお六年間就労することが可能であり、その間原告富澤さとの右給与月額の約二分の一にあたる金九万五〇〇〇円の月収を得ることができたものと推認するのが相当であり、右金額を基礎とし、右金額を基礎とし、右金額から生活費として五割を控除し、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して、亡秀夫の逸失利益の死亡時における現価を計算すると、次の計算式のとおり金二九二万六一五二円となる。

金九万五〇〇〇円×一二月×(一-〇・五)×五・一三三六=金二九二万六一五二円

2  葬儀費用

亡薫の葬儀費用としては、金九〇万円をもつて損害と認める。

3  慰謝料

前記認定の本件事故の態様その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すれば、亡薫の慰謝料としては金一八〇〇万円をもつて相当と認めるべきである。

4  以上の損害の合計は、金二一八二万六一五二円であるところ、先に判示したとおり、亡秀夫は、右損害の五割を賠償すべき責任を負うのであるから、その額は金一〇九一万三〇七六円となる。

5  損害の填補

原告らが本件事故に関し自動車損害賠償責任保険より金九一五万七四〇〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

6  弁護士費用

本件事案の内容、本件訴訟の経過、認容損害額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として、原告らが被告らに請求することのできる弁護士費用は、金二〇万円が相当である。

7  そうすると、原告らは、右4の金一〇九一万三〇七六円及び6の金二〇万円の合計金一一一一万三〇七六円から5の金九一五万七四〇〇円を控除した金一九五万五六七六円の損害賠償請求権を相続したものというべきであり、原告ら及び被告らの前記各法定相続分に従い、原告富澤さとは被告鈴木弘子に対し金四八万八九一九円、被告鈴木信子及び同鈴木康彦に対し各金二四万四四五九円(円未満切捨て)、その余の原告らは被告鈴木弘子に対し各金六万一一一四円(円未満切捨て)、被告鈴木信子及び同鈴木康彦に対し各金三万〇五五七円(円未満切捨て)の損害賠償請求権をそれぞれ有することになる。

六  以上によれば、原告らの本訴各請求は、被告らに対し、右各金員及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五九年三月二七日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河本誠之)

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